東京高等裁判所 昭和32年(う)825号 判決
被告人 佐藤三男こと佐藤淳内
〔抄 録〕
弁護人の論旨第一点について。
強盗罪の成立要件である脅迫(害悪を告知して人を畏怖させること)は、相手方の意思を制圧しその反抗を抑圧するに足りる程度のものであることを必要とすることまことに所論のとおりである。
原判決挙示の証拠によれば、原判示第一事実について被告人は、白マスクをかけ自ら買い求めた玩具のピストルを所持し共犯者一名とともに原判示日時主人不在で子供二人女中一名と留守中の被害者方に到り案内を乞い、出て来た被害者に対しガラス戸越しに右ピストルを突きつけて脅かし、右共犯者が屋外に見張りをしている間に、無理に屋内に入り、被害者に対し右ピストルをさし向けた儘「金を出せ」「鋏を持つて来い」と申し向けたため被害者において反抗しては自分及び子供女中等に如何なる危害を加えられるかも知れないと判断し一度は思い浮んだ警察署に電話しようとした意思も捨てて被告人のいう儘に自ら現金二万五千円を差し出し、或いは被告人が原判示腕時計を奪取したり屋内を物色したりするについても格別抵抗しないでいた事実が認められ、これによれば、たとえ被告人の所持したピストルが玩具であり、その事実を被害者において被告人の屋内にいるうちに既に気づいていたものとしても、なお被告人には被害者の反抗を抑圧するに足りる程度の脅迫行為があつたものと認めるのが相当である。又原判示第二事実について被告人は他の共犯者とともに原判示日時場所で被害者磯部吉宏及び染谷喜代子を取りまき前記ピストルを突き付け「金を出せ」と申し向けたので被害者磯部は恐怖の余り救いを求める余裕を見い出さず、自己及び同伴の女性に如何なる危害を加えられるかも知れないと判断し被告人の言動の儘ポケットを探らせたり財布を出したりレインコートを脱いだりして原判示財物を奪い取られたものであることが認められる。すなわち、これによれば、脅かすために使用したピストルが玩具であるとか、その犯行場所が街燈に近い割合明るい場所であるとか、被告人が女性には手を出さないといつたとか被害者磯部が帰りの電車賃を残しておいてくれといつたとか被害を受けた直後に定期券取りかえしのために被告人の後を追うような相当冷静な余裕のある行動に出ている等の事情があつたにしても、その犯行時においては、被告人の言動は被害者の反抗を抑圧するに足りる程度の脅迫行為であると認めるのが相当である。そして記録を精査しこれに現われた諸般の証拠に当審でした被害者太田浜子、同磯部吉宏の各証人尋問の結果を参酌考量しても原判決の事実認定に何らの過誤はない。それ故このような被告人の行為について強盗罪の成立を肯認し刑法第二百三十六条をもつて問擬した原判決には何ら違法の廉あることを発見できない。論旨は理由がない。
同第二点について。
たとえ、数人に暴行又は脅迫を加えた場合であつても、強盗罪により侵害される法益、すなわち、財産権の管理の主体が単一である場合には、その罪は一個と解さなければならない。本件において被告人から脅迫を受けた者が磯部吉宏と染谷喜代子の両名であつたとしても、財物を奪われた者が右磯部のみである以上本件強盗罪の成立は一個と解すべきものである。しかるに、原判決は、右染谷喜代子及び磯部吉宏に対する各強盗罪が成立し両者は刑法第五十四条第一項前段の想像的競合の関係にあるものとして擬律しているのであるから、まことに所論のようにこの法令の適用は誤つておるものでありその誤は判決に影響を及ぼすことの明らかなものといわざるを得ない。論旨は理由がある。
検察官の論旨について。
所論にかんがみ記録を精査しこれに現われた諸般の事情に当審において事実の取調としてした証人太田浜子同磯部吉宏の各尋問の結果を参酎するときは、少くとも本件について刑の執行猶予を言い渡した点において原判決には所論の強調するような量刑不当が存するものと認められる。論旨は理由がある。
(大塚 渡辺辰 江碕)